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京都十条にそびえ立つ一際目立つ超高層ビル、それがヘロ・エロクトロニクスの本社だった。最上階の社長室からは京都の町並みが一望できる。かつては歴史的な寺社が点在した風情溢れる古都も、今ではその面影も残っていない。時代の潮流はこの街を飲み込み、過去の遺産は相次ぐ破壊活動の餌食となった。この十条エリアを含む京都の中心部を一歩外に出れば、そこは飢餓と貧困が蔓延し、暴力と殺人が日常となっていた。そんな悲惨極まる状況もこの社長室とは無縁のことだった。ヘロ田社長は目を細めながら眼下に広がる都市をぼんやりと眺めていた。その時社長室の扉をノックする音が響いた。 「失礼します」 シンプルで清潔なスーツに身を包んだ男がドアを開けて社長室に入ってきた。顔は細面で、どこか神経質そうな面持ちをしている。ヘロ田社長は振り返らなかったが、防弾ガラスに反射する男の姿を確認して、やや重々しく口を開いた。 「菜花畑か。公安も警察もてこずっているようだな」 「はい、鈴本を追っていた、キンダ・グローテス・クミコも行方が分からなくなっているそうです」 ヘロ田は相変わらず外の景色を眺めながら、身動き一つせず続けた。 「奴の所在は今、どうなっている」 菜花畑と呼ばれたその男も調子を変えずに答えた。 「今、調べさせているところです。鴨川B-12エリアで警察と接触し、その後行方が分からなくなっています」 「草の根分けてでも、探し出せ。奴を絶対に警察や公安の手に渡すな」 そういうとヘロ田はくるりと向き直り、高価なアンティークのデスクの上に置かれた、すっかり冷めてしまったコーヒーに手をつけた。ヘロ田はそれをひとすすりすると、わずかに眉間をこわばらせながら言った。 「あの男はどうしている」 「いまだ何も話しません。強情な男です。自白剤もあの男には効果がないようです。今は組の連中を使って口を割らせようとしています」 「無駄だ。そんなこけおどしに折れるような人間ではない」 「そうですか。あの男の戦友であられる社長がそう仰るのであれば・・・」 その瞬間ヘロ田社長の目の色が変わった。 「そのことは口に出すなと言ったはずだ」 ヘロ田の社長の眼差しはまるで氷のようであった。その眼光で射すくめられた菜花畑はびくっと体をこわばらせた。額には脂汗がにじんだ。 「申し訳ございません」 菜花畑は震える声を押し出した。ヘロ田は再び向きを変え、菜花畑に背向けた。 「将を射んと欲せばまず馬を射よ、だ。今は鈴本を探し出すことが先決だ」 その時、菜花畑の携帯電話が鳴った。 「失礼します」 そういって、菜花畑はそそくさと部屋を出て行った。一人になったヘロ田は思いをめぐらせていた。 ―――あの薬さえ手に入れば・・・。公安も警察もあの薬の真価が分かっていない。つかい様によっては、あの薬は・・・。 「神の領域、か・・・」 ヘロ田はつぶやいた。そこへドアが音もなく開き、再び菜花畑が入ってきた。 「鈴本の動向が分かりました。彼は元狂風会メンバーの坪内ニックマンと接触を持った模様です」 「なに!」 ヘロ田社長は声を荒げ、反射的に菜花畑のほうに向き直った。 「鈴本を一時、自宅にかくまっていたようです、そのあとの二人の経路については、いまだにつかめていないのですが・・・」 「まずいことになった・・・」 菜花畑は怪訝そうな面持ちで訪ねた。 「この男はなにものなのですか?調べによると、現役の時は一介の事務員だったとありますが」 「それは表の顔だ。彼は新生狂風会と公安との抗争時代にMP44で武装した公安急襲部隊20人をコルト一丁で片付けた」 ヘロ田社長はコーヒーカップを皿の上に置いた。カチャッという無機質な音のみが室内に響いた。 「それだけではない・・・いや、それも彼の本当の姿ではないのだ。彼の真の素性とは古代中国から伝わる暗殺拳『歩胡陳拳』の継承者だ。もっとも妻の死以来、拳は封印したらしいがな。彼が狂風会を率いて決起したら大事だ」 「しかし、新生狂風会は解体されたのでは」 「刑務所帰りの旧メンバーが、最近、蠢動し始めている。鴨川E−7エリアの空き家にひそかに集まっているという情報が入ってきている」 菜花畑はあっけに取られた様子であった。 「驚いたか。情報を制するものがこの街を制するのだよ。ましてや事が事だ。お前はまだ若いから知らんかも分からんが、一事の狂風会の勢力は尋常ではなかった。貧困と、飢餓に苦しむ民衆の多くは狂風会の反政府運動を支持していた。無力で臆病な民衆はいたるところに潜む公安の監視の目を恐れ、そんなことはおくびにも出さなかったが、潜在的な狂風会思想の保持者は数え切れないほどいただろう。無力で臆病な民衆だが、その怒りが爆発した時は本当の脅威となる。事実、あのころ、あわや狂風会が先導する一大クーデターが起こる寸前の状態にあったのだ。しかし、その時坪内の妻が殺され、坪内も裏切りにあい、組織は総崩れした。坪内は出所後、平凡な市民として生きることを望んだが、妻を公安に殺された復讐の念は途絶えてはいまい。今度の狂風会が決起すれば大変なことになる」 ヘロ田社長は深くゆっくりと息を吸い込み言った。 「戦争だよ」 しかしながら、声の調子はいささかも変わってはいなかった。菜花畑は押し黙っていたが、自分の手足がピリピリとしびれているのに気がついた。 「そうなれば、公安と通じている私たちも他人事ではなくなる。先手を打たねばな」 しばしの沈黙が続いた。静寂の時間を、時計の針が刻んでいた。 「ここは、一つ公安に餌をまくか」 ヘロ田社長は、そうつぶやくと矢継ぎ早に言った。 「公安に狂風会の情報を流せ。それから坪内の事もだ。鈴本と坪内、そして狂風会は確実に落ち合うはずだ。そのタイミングをねらって公安に襲撃させるのだ。そして、その隙に獲物を掠め取る。いいか、公安の動向によく注意しておけ」 「分かりました」 灼熱のイラク、そこは地獄の様相を呈している。非戦当地域とされた駐屯基地はもはやテロリストたちの手に落ちようとしている。奴等は俺たちの存在には気づいていない。ずっと作戦を供にしてきたあいつは足をやられ身動きが取れない。ひどいケガだ。形成は困難だろう。ここが見つかるのも時間の問題だ。いったいどうしたら・・・。 その時だった。轟音とともに、チヌークとコブラの編隊が飛来した。連中もスティンガーやらRPGやらで必死に応戦している。コブラは容赦なく攻撃を浴びせかける。俺たちの目と鼻の先で、連中がひき肉と化していく。 俺たちが隠れている場所から50メートルほどのところにヘリが滞空している。次の瞬間にはロープが下ろされ、レンジャー部隊が次々と降下してくる。あの胸章はもしや・・・ 彼らは凄まじいスピードで、テロリストたちを圧倒していった。脅威的な火力、統率力を前に連中はなす術もなく壊滅していく。それは命拾いをした俺たちでさえも身震いするような急襲だった。間違いない、「悪魔の右手」と恐れられた0721部隊だ・・・。 ヘロ田は夢から覚めた。彼の額はうっすらと汗ばんでいた。社長室には誰もいなかった。時刻はすでに4時を回り、落日が室内を紅く染めていた。その時デスクの上の社内電話がけたたましい電子音を立てた。 ―――公安特捜二課のピロ敷さんです。お取次ぎしますか。 「ああ・・・」 オルゴールは『エマニエル婦人』のテーマだった。 ―――もしもし 「ピロ敷か。どうした」 ―――あの情報は本当ですか。 「もうそっちまでいったか。ああ、間違いない」 ―――まったく・・お宅のエージェントは公安顔負けの腕利きですな。 「願ってもないことだろう。一石三鳥だ。このヤマを片付ければ、あんたも昇進は間違いないんじゃないのか」 ―――昇進なんぞは二の次です。 「・・・そうか、そうだろうな。あんたにとっちゃあ・・・過去の清算といったところか」 ―――そんなことを言っているんじゃありません。俺はただ坪内と狂風会の息の根を止めるまでです。 ヘロ田は燃えるような夕日に目を細めていた。 |
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ということで、ようやく書きました。ここ一週間ぐらい体調が悪くて更新すらできていませんでした。ごめんなさい。 |
はるかに 2009/01/13 23:27 |
おもしろいです、先生! |
魚の水死体 2009/01/14 23:59 |
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